松村正治(NPO法人よこはま里山研究所)

1.なぜ、おじいさんは山に柴刈りに行くのか?

昔話『桃太郎』の冒頭に、「おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました」という一文があります。この定型の語りは一昔前の里山の日常を描写したものですが、今日ではこの意味が多くの人びとに誤解されています。

おばあさんが川へ洗濯に行くことは想像できます。現代の都市生活の場合、洗濯機の中で洗い、すすぎ、脱水が自動的に進んでいきますが、その工程は女性たちが川で作業していた時代とあまり変わらないからです(もちろん、洗濯の時間は大幅に短縮されましたが)。

一方、おじいさんの行動には、引っかかるところが2つあります。

1つは、「山」という言葉です。「山」と聞くと、周囲よりも高く盛り上がった地形と理解して、富士山や高尾山のような山をイメージするかもしれません。
しかし、日常的におじいさんが登山に出かけることはありません。この場合の「山」は、集落のそばにある森や林という意味です。

もう1つ間違えられやすいのは、「柴刈り」という表現です。これは、ゴルフ場にあるような「芝」を刈ることではありません。「柴」とは小さな雑木やその枝のことを指します。一昔前の暮らしでは、煮炊きや風呂などの燃料用に薪(まき、たきぎ)や炭を常備し、柴は焚き付けなどのために補助的に利用しました。したがって、おじいさんは、燃料とする柴を刈るために近くの山野に赴いたのです。

かりに、これらの点を誤って理解していたとしても仕方がありません。今日の日本社会には、こうした暮らしがほとんど見られませんから。それでは、いつ頃から人びとの生活のあり方が変化し、身近な自然との関係が薄れていったのでしょうか。